大判例

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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18574号 判決

甲・乙事件原告

中央建設株式会社

右代表者代表取締役

多積良彰

甲事件被告

大伸フード株式会社

右代表者代表取締役

山﨑喜久男

右訴訟代理人弁護士

甲野一郎

乙事件被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

村越仁一

主文

一  甲事件被告大伸フード株式会社は、甲事件原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成七年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件原告の乙事件被告甲野一郎に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を甲・乙事件原告の負担とし、その余を甲事件被告大伸フード株式会社の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

主文と同旨

二  乙事件

被告甲野一郎は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成七年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、仮処分命令の申立が違法であるとして、これによって被った損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠の記載がなければ争いのない事実である。)

1  甲・乙事件原告(以下「原告」という。)は建築業を営む会社であり、甲事件被告大伸フード株式会社(以下「被告会社」という。)は不動産の売買、仲介、建築工事の請負等を目的とする会社であり、乙事件被告甲野一郎(以下「被告甲野」という。)は弁護士である。

2  別紙物件目録記載三の一棟の建物(以下「本件マンション」という。)は昭和五二年七月一二日ころ建築された分譲マンションであり、その敷地は渋谷区代々木(番地略)ないし二二の一二筆の宅地で、右マンションの区分所有者がそれぞれ分筆の上所有している(甲一三、以下、渋谷区代々木一丁目四〇番の土地については地番のみで表示する。)。

3  被告会社は、平成六年五月一八日、もと所有者である高木悦子ほか一名から別紙物件目録記載三の区分所有建物(以下「地下一階部分」という。)を八五〇〇万円で買い受けた(甲一三のマンション売買契約書)。

そしてそのころ、被告会社は、高木悦子から、建売用地として本件マンションの隣地である渋谷区代々木一丁目四〇番地六の宅地約三〇〇平方メートルを買い受け、これを四〇番六、四〇番二九ないし三三番に分筆し、各土地上に建売用住宅四棟を建築した(甲一三の山崎喜久男の陳述書では被告の関連会社である株式会社山﨑企画が四〇番六の土地を買い受けたというが、被告会社がこれを購入し、建売用住宅四棟を建築したことは当事者間に争いがない。)。右の宅地の売買については、宅地建物取引業者から宅地建物取引業法三五条に基づく重要事項説明書の交付を受けると共にその説明を受けている。右の説明書の7には、「容積率については隣接地のマンション建築の際、本地の一部の容積を使用しており多少の減少が考えられます。」と記載されている(甲一五)。

4  原告は、平成七年一月二七日、建築確認を得て、そのころ別紙物件目録記載一及び二の土地(以下「本件土地」という。)上に木造平家建事務所(以下「本件建物」という。)の建築を開始した。これは、株式会社総建(以下「総建」という。旧商号は株式会社大進商事である。)から依頼された後記認定の業務を遂行するためであった。

5  被告会社は、弁護士である被告甲野に委任し、本件土地上に、その所有する地下一階部分のための通行地役権あるいは袋地通行権があるとして、原告を債務者として、東京地方裁判所に、本件建物の建築工事禁止の仮処分命令の申立をし、平成七年二月一〇日、その旨の仮処分決定を得た(同庁平成七年ヨ第五一五号、なお、被告甲野が一〇〇万円の担保を立てた。以下「本件仮処分」という。)。その後右決定は、起訴命令の期間内に本案の訴えの提起又はその係属を証する書面を提出しなかったことにより、平成七年五月二二日、取り消された(甲五)。

二  原告の主張

1  総建は、本件マンションの区分所有者であり、また本件マンションの管理者であり、かつ本件土地の所有者である。

2  被告会社は、分筆前の四〇番六の土地上に埋設してあった水道管等の設備(これは権原に基づいて設置された設備である。)を総建に無断で撤去し移動した上、右土地上に建売住宅を新築しようとしたので、総建は、原告に対し、右の経過を踏まえ、万一の場合に備えての応急修理及びその対応等を依頼し、これを遂行するための管理棟として本件土地上に本件建物を建築することにしたものである。

3  被告会社及び被告甲野は、本件土地上に地下一階部分のための通行地役権または袋地通行権がないことを知りあるいは容易に知ることができたのに本件仮処分申請をし、その決定を得て原告の業務を妨害した。

原告の被った損害は、右業務遂行のために雇用した松田修一に対して支払った給与四か月分一二〇万円及び本件建物建築のため外注の大工に対して支払った工事中断に伴う補償金三〇万円の合計一五〇万円である。

三  被告らの主張

被告会社は地下一階部分の所有者として、本件土地上に通行地役権または袋地通行権を有しており、本件仮処分命令の申立は右権利を被保全権利とするものであり、また、原告による本件建物の建築工事により右被保全権利が侵害される危険が切迫した状況が存在していたから保全の必要性もあった。

したがって、本件仮処分の決定及び執行は正当なもので、原告の主張するような違法行為はない。

四  争点

1  被告会社主張の通行地役権または袋地通行権の有無

2  被告らの過失の有無

3  原告の被った損害

第三  争点に対する判断

一  本件仮処分命令の申立に至る経過

1  証拠(証人渡邉多市、被告甲野本人、原告代表者、文中記載の証拠)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 従前、高木悦子ほか一名が所有していた本件マンションの地下一階部分の出入口への通路は、四〇番一一のほか分筆前の四〇番六(分筆後は四〇番三三)の土地が利用され、四〇番三三の土地には門柱及び通路の一部が開設されていたが、被告会社が分筆前の四〇番六の土地を購入した後、分筆後の四〇番三三の土地等に建売住宅を建築し、四〇番三三の土地上の右の門柱及び通路部分が撤去され、境界付近にフェンスが設けられ、右の通路は狭く窮屈な状態となった。それでも本件建物の基礎工事部分と右の境界までの間は八〇センチメートル程度残されていた(甲一二の1ないし3、二一の1ないし4、五七、五八)。

(二) 総建は、本件マンションの区分所有者で、本件土地を所有すると共に本件マンションの建築主である高木顕及び他の区分所有者らから本件マンションの共用部分及び共用施設の管理を委任されて管理業務を行ってきた(甲一一の1ないし4、二六ないし二八、六三ないし六五)。被告会社は地下一階部分を購入する際重要事項説明書の交付を受けているが、右の説明書には本件マンションの管理の委託先が総建であることが明記されており、被告会社もこれを承知していた(乙七の5の2の(6))。

被告会社は、平成六年九月ころから分筆前の四〇番六の土地に敷設されていた本件マンションの水道管等の設備を撤去したり移動したりしたため、総建は、被告会社の右のような行為を阻止し、設備等を維持することを原告に依頼した。

(三) そこで原告は、総建の依頼に基づき被告会社の行為に対処するには現地に常駐する必要があるとして本件土地を総建から賃借し、右土地上に管理のための建物を建築することとなり、平成七年一月二七日、建築確認を得て本件建物の建築を開始した(甲一四、なお、本件建物の基礎工事が地下一階部分の出入口に至る従前の通路部分にかかっていることを求めるに足りる証拠はない。)。

これに対し、被告会社は、被告甲野に依頼して前記のとおり本件建物の建築工事禁止の仮処分命令を申し立てたのである。右の申立の理由として、「本件マンションの地下一階部分の出入口は一階部分以上の階とは別に設けられており、地下一階部分への出入りはマンション新築時より一貫して別紙図面のとおり本件土地の中央部二メートルを通路として行われていたものである。」とし、通路は前記認定のとおり四〇番三三の土地の方へ延びて存在するのに、あたかも本件土地の中央部に従前から二メートルの通路が存在し、本件建物の建築によりこれを塞いでしまったかのような誤った主張をしている。

二  争点1について

本件マンションの敷地は、前記のとおり四〇番一一ないし同番二二の一二筆で、それぞれ区分所有者が分筆された各土地を所有しているという状況であるから、区分所有者は相互に自己の所有地以外の土地につき地上権等の使用権を設定していると解されるので、敷地部分のうち建物の存在しない部分についてもそれぞれの用途に従いこれを利用することができるものというべきである。しかしながら区分所有者であれば他の区分所有者の了解を得ることなく自由に通路を開設することができるものではない。本件マンションが建築されてから、地下一階部分の通路は前記のとおり確保されていたのであり、被告会社は自ら四〇番三三の土地上に存在していた通路部分を閉塞し、不自由な状態を作り出したものであって、本件建物の敷地部分に袋地通行権が発生する余地はなく、また右の部分が地下一階部分の正面に位置することにより当然に通行地役権が発生するものでもない。

被告らが本件仮処分命令の申立において主張する通行地役権は、右の部分に既存の通路が存在したことを根拠とするが、これが存在しないことは前記のとおりであり、また他に右部分につき被告会社が明示であれあるいは黙示であれ設定契約により通行地役権を取得したことを認めるに足りる証拠はない。

三  争点2について

1  被告会社の故意・過失

前記認定の事実並びに被告会社は当事者として本件仮処分命令の申立までの地下一階部分の通路の状況を熟知していたこと、被告会社は本件仮処分決定後本件建物の基礎工事部分を勝手に撤去し、地下一階部分の出入口の正面から公道に向かって幅約2.5メートルの擁壁、階段を設置し通路を開設したこと(甲一の2、二一の2)を総合すると、被告会社は、右の通路を開設する意図の下に本件建物の敷地部分につき同社に袋地通行権または通行地役権が存在しないことを知りあるいは知りうべきであったのに、本件仮処分命令の申立をしたものということができ、原告の被った損害を賠償する義務がある。

2  被告甲野の故意・過失

証拠(乙一〇、被告甲野本人)によると、被告甲野は、被告会社から相談を受け、担当者から事情を聴取し、現地を調査し、関係書類等を調査した上で、①本件マンションの敷地は前記のとおり分筆されて各区分所有者がそれぞれそれを所有していること、②本件土地の一部である四〇番一一の土地は総建の所有ではあるが本件マンションの敷地に供されていること、③本件仮処分命令の申立書では前記のとおり「本件土地の中央部二メートルを通路として………」と正しくない記載をしているけれども、要するに本件建物の基礎工事部分は従前の地下一階部分の通路部分を侵害しているとの担当者の説明を信じたこと、④その前提として、右通路部分は四〇番三三の土地の一部にかかっているがそれは僅かで殆どが四〇番一一の土地上にあると考えたこと、⑤本件建物は地下一階部分の出入口の正面に当たり、公道から出入口が見えなくなり地下一階部分の取引価格が著しく低下するおそれがあり、原告の嫌がらせと考えたこと等から、本件建物の建築により被告会社の通行地役権あるいは袋地通行権が侵害されたと判断したことが認められる。

以上によると、当時の状況下において本件仮処分命令の申立手続をしたことにつき被告甲野には代理人として特に過失があったということはできない。なお、被告甲野が前記の起訴命令に対して本案を提起していないとしても、それは被告会社が決定すべき事柄で被告甲野の過失についての右認定を左右するものではない。

したがって、被告甲野に対する請求は理由がない。

三  争点3について

証拠(甲一の1、二一の1、三四)及び弁論の全趣旨によると、原告主張の損害を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤康)

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